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2017/03/01

寛政三年(1791年)有珠を歩いた菅江真澄

江戸時代の博物学者で今でいう紀行作家

 

のような・・・俳人のような・・・

 

宝暦生まれの菅江真澄

 

 

Img_3604

 

 

今から遡ること

 

226年前、

 

 

当時 「臼の御岳」と

 

呼ばれていた有珠山を目指した

 

 

菅江真澄の「えぞのてぶり」の

 

解説書を読む。

 

 

徒歩の旅の始まりは

 

菅江真澄 29歳

 

元々の姓名は、白井 英二

 

歌を詠むので 俳号が

 

(もしくはペンネーム)

 

菅江真澄なのかもしれません。

 

 

 

天明三年(1783年) 

 

 

三河の国を出立

 

 

信濃~木曽路~京都

 

 

天明四年(1784年)

 

 

越後~秋田~津軽

 

 

(1785年)

 

蝦夷地を目指すが断念

 

 

(1788年~1792年)

 

長期にわたり 蝦夷地を歩く

 

 

有珠のアイヌ集落が アイヌの中心

 

として描かれている

 

 

菅江真澄が見た「有珠」

 

 

・チャランケ岩

 

「人の向かいて もの云うごとき石」

051

 

054

050




 

・有珠湾

 

「湾 中島多し。平戸の九十九里島にも

 

 勝るべき景勝地」

070




060



098

028

 

旅の最初の目的の

 

臼の御額(みたけ)をどのように

 

目指したのか・・・

 

 

「臼」(ウス)はアイヌ語で

 

入り江のこと。

 

 

当時も今も

 

入り江が美しい町は

 

変わりがありません!

 

ぜ〜ひ

 

遠い昔に旅した

 

菅江真澄やイザベラ・バードが

 

感動した、有珠の風景を

 

見に来てほしい

 

と思います。

 

 

問い合わせは

~有珠の素晴らしさを広める活動~

有珠バカンス村プロジェクト事務局 まで

(足の休憩室内)

電話011-242-3002 

 

有珠WEB    http://www.e-usu.com

足の休憩室WEB http://bnfoot.websen.jp/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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